お腹も心もいっぱいに。昭和人情が滲む「定食酒場食堂」の60円ラーメン -取材vol.8
衝撃の60円ラーメンに込められた昭和人情ー
東京都心・新宿からすぐの曙橋。昭和の風情が滲み出る「定食酒場食堂」は、建物老朽化のため創業から約10年の2024年1月31日に閉店。
“日本一安い”を掲げ、288円定食や60円ラーメン、80円ナポリタンなど、圧倒的コスパの価格設定でメディアにも注目される有名店です。
多くの常連客から愛される名物店主の天野雅博さんの想いに迫りました。
人生は冒険。定食酒場食堂の誕生ストーリー
前職は、世界のVIPが利用するような飛行機会社の社長だったという天野さん。
そもそもどうして食堂を始めたのでしょうか?
天野さん:
開業の5年前くらいかな、人生最後までできる仕事って何だろう?って考えた時に、これから死ぬまでの20年間と、自分が死んでからの50年、延べ70年間続けられることがしたいと。
色々調べてみると、続いているのは食堂とお弁当屋さんだったの。
それで、300円でお腹いっぱいになれるランチってできないかな?と肉屋さんや八百屋さんいろんな人に相談したけど、「できるわけない」と言われた。
でも、人から否定されるとやりたくなっちゃうから(笑)
300円払って、12円おつりがくる。288円定食をやってみようかなと。
定食以外にも、美味しくてお腹いっぱいになるボリュームの料理を破格で提供し続けていた定食酒場食堂。
その衝撃の安さの中には、天野さんの想いが込められています。
天野さん:
僕はそもそもこの界隈に30年住んでいるから。だからもうお店やると決めたら、四谷〜曙橋で物件さがして。
場所は悪いですよ。裏通りで。人は通らないし飲食店も多くない。会社員が中心だけど、学生さんもたくさん来ますね。
定食屋、酒場としても愛されるお店ですが、孤食を余儀なくされている小学生〜高校生を対象に食事を無料で提供する「子ども食堂」として、子供たちのお腹も心も満たしていました。
天野さん:
子供食堂もやっているから、子供は無料だから。
ラーメンでもナポリタンでも、何でも無料だよ、朝昼晩。
あと、うちは大学生も。コロナになって仕送りが減っちゃったとかで、大学生も無料にしてあげたの。
別に見返りはいらないんです、自分がやりたいからやっているだけだから。
俺があなたのことを愛しているのに、お前は何で俺のことを愛さないんだよって言っても無駄じゃん?
と、ユーモアたっぷりたっぷりに返してくれる天野さん。
幼少期を施設で過ごしたといいます。ご自身の経験から「腹が減っていたら心もいっぱいになれない」との想いがありました。
天野さん:
人生ってさ、冒険だと思うからね。
飛行機会社の他にもたくさん会社を経営していたけど、全て手放してこの定食酒場食堂を始めたの。
失敗したってことはさ、チャレンジした証が残るじゃん。
失敗してないってことはさ、チャレンジしてないってことでしょ。
やらなかった後悔よりも、やってしまった後悔だよね。
他の誰もやらないような、斬新なことにチャレンジしている天野さん。
2014年に曙橋で「定食酒場食堂」をオープンさせます。
家で飲んでいるかのような居心地。10年間毎日通う常連さんも。
東京都心の新宿からすぐの場所にも関わらず、昭和人情溢れるアットホームなお店には、毎日通う常連さんばかり。
営業中の様子を残した写真アルバムを見るなり、毎日のように通う常連さんたち1人1人のことを思い浮かべます。
天野さん:
この人は大学の先生。やっぱ、週に2-3回来てくれているね。
他にも川崎、越谷、八王子、いろんなところから来てくれているよ。
この人はお医者さん。10年来ている。
この人は、4年間毎日くる。旦那さんが出入り禁止になった(笑)
定食酒場食堂は、2階が40名、1階が20名の合計60名規模のお店。
お客さんにも手伝ってもらいながら、ほとんど1人で切り盛りしていたそうです。
天野さん:
このテレビとかで有名な方も、うちの常連ですよ。
僕ね、有名人がきてもね、有名人扱いしないから。
このアルバムの写真を撮ったのも、有名人の写真集とかを撮っているうちの常連なの。
日本で3本の指に入る写真家だよ。
一緒にお店をつくってきた仲間と言っても過言ではないような常連さんたちのことを、誇らしげに話す天野さん。
常連さんの中には、毎日来る方も多くいます。
天野さん:
仕事終わりの人が多いけど、休みの日も。なんてったって毎日くるから。
みんなが言ってくれるのは、「家で飲んでいるみたい」って。
だって、最後の自分の楽天地じゃん。自分のお店を見つけたわけじゃん。
お客様にも気をつかってほしくないし、俺も気をつかいたくない。
だからドリンクは全部セルフでやってる。
外観から内装まで全て、隅から隅までどこを見ても昭和を感じる2階建て。
定食酒場食堂としても愛され続けるこの建物は、老朽化により取り壊しをせざるを得なくなってしまいました。
天野さん:
そこに長くいればいるほど、そこが自分になるの。
でも、やめてしまったのは、建物を取り壊すって言うんだから、しょうがないじゃん。
もうしょうがないから、未来をみようや〜と。
天野さん:
まあでもお店が閉店してそろそろ1ヶ月だから、そろそろみんな寂しくなってきている頃だね。
俺に会いたければ、俺がいる場所にくりゃあいいんだよ。
・・・ちょー上から目線。なんなのお前って思うよね(笑)
でも、そこで俺がさびしくなっちゃったら、終わりになっちゃうから。
曙橋の定食酒場食堂は閉店してしまいましたが、今は川越で別の食堂をプロデュースして時々お店に立っています。当時の常連さんたちは、天野さんがいる場所に来てくれているそうです。
昭和人情の味!60円ラーメンと80円ナポリタン。
本当にこの価格?!と信じられないくらい、ボリューム満点の名物メニュー。
安くて量が多いだけではなく、しっかりと手間暇かけられています。
まぼろしレシピを教えていただくうちに、店主の温かい想いが見えてきました。
定食酒場食堂まぼろしの60円ラーメンは、鶏のもみじ、むね肉から出汁をとった鶏ガラスープを醤油で味付けし、化学調味料は使いません。
天野さん:
「はい、ここでスープいかないと間に合わないよ!」
「あと22秒で麺あがっちゃいますよ〜!」
天野さん:
食堂って、料理もそうだけど歌と一緒だと思うの。
リズムが大事だし、歌う人・作る人によって変わる。聞く側・食べる側によっても受け取り方とか感じ方が違うでしょ。
天野さん:
はい、お待ちっ!
テンポの良いアドバイスをもらいながら、60円ラーメンが完成。
続いては、80円ナポリタンです!
天野さん:
具入りのナポリタンを出したこともあったけど、お客さんみんな何も入れないシンプルなのがいいってね。素ナポリタン。うちは酒場食堂だからさ
お皿にくるくると盛り付けて、まぼろしの80円ナポリタンも完成です!
ここからは実食編。
早速60円ラーメンから、いただきます!
・・・なんとも、落ち着く〜。
昭和の時代を彷彿とさせる、どこか懐かしく、ほっとする味。これが60円だなんて、やっぱり衝撃。
仕事の日の昼休憩にも、学校帰りのおやつにも、お酒を飲んだ後の〆にも。
どんな時でも、明日の活力になるような一杯です。
天野さん:
ラーメンはね、貧乏していても腹一杯食べれるもんなの。だから他が高すぎるだけでうちは普通。
そして、あえて具なしの80円ナポリタン。
パンチのあるトマトの酸味がお酒にぴったり・・!
定食酒場食堂は、お腹を空かせて訪れたくなるメニューばかりです。
続いていく定食酒場イズム
天野さん:
定食酒場食堂を一言で表すなら、おかえりなさいという「帰る場所」だね。いく場所じゃなくて、もう帰ってくる場所なのよ。
自分からしてもだし、常連さんたちからしても。ああ〜やっと帰ってきたって。おかえりなさいって。
天野さん:
いらっしゃいませとか絶対言わないから。ありがとうございましたも言わない。現在進行形は言うけれど、過去形にはしないのよ。
「ありがとうございました」では終わらせないから、「ありがとうございました」なんて言葉はないから。
「ありがとうございます」が標準語ですから。
曙橋の定食酒場食堂がまぼろし商店となっても、
昭和人情が滲む定食酒場イズムは、これからも場所や形を変えて受け継がれていきます。